時代の風




○ケンプラッツ・連載 〜 道路整備に税金は要らない(1) 〜

《日本は道路をつくる国》
 2008年、道路をめぐる議論が騒がしい。世間を揺り動かしている。「郵政民営化」選挙ならぬ「道路財源」選挙が起こっても不思議でない状況がある。道路を聖域視してきた戦後行政が大きな転機を迎えていることは間違いない。その背景には、ガソリンなどの暫定税率の存廃と道路特定財源の一般財源化との二つがある。
 暫定税率の方は、昨秋以降の原油価格の急騰とも相まって、生活をおびやかしそうだから国民も黙ってはいない。何せ1リットル当たり30円ほども変わるのだから。道路特定財源にも国民の怒りは向いている。やれ、道路特定財源を使って役人や天下りが豪遊しただとか、マッサージチェアやカラオケセットを買っただとか。「そんな使い方をするなら暫定税率は廃止して、道路予算を減らせ」――これが国民の感情だろう。

1.いつまで続く道路特定財源
 政府は、2009年度から道路特定財源を一般財源化することを閣議決定した。一方で5月13日には、道路整備費財源特例法改正案を再可決した。つまり、2009年度からは「道路特定財源はやめます」という閣議決定と、「道路特定財源は10年間維持します」という特例法改正案が併存し、矛盾する状況は変わっていない。
 国土交通省が発表した「平成20年度道路関係予算の概要」によれば、2008年度(平成20年度)の総道路投資額は約7兆8000億円。これほどの大金が無駄遣いされたりするとあっては、国民の反感を買ったとしても無理はない。
 道路特定財源の徴収額は、本則税率ではなく、暫定的に2倍に高められた暫定税率で計算している。それが数十年にわたって継続されているのだ。暫定税率が廃止されれば、減少する税収額はガソリン税だけでも1兆4000億円に上る。

2.結局は借金も税金で返すことに
 税金でつくるのが国道や地方道、借金をしてつくってもよいのが高速道路や一般有料道路――。ステレオタイプではあるが、普通の国民感覚としてはこんな理解である。
 旧道路公団の民営化までは、前者を「直轄方式」といい、後者を「公団方式」と呼んだ。「直轄方式」は直接、国民の税金を投入して道路をつくる。あらかじめ国に予算がないと道路はつくれないが、税金でつくられるから通行料金などを徴収する必要はない。
 これに対して、「公団方式」とは財政投融資や民間の金融機関から借金して道路を建設してもよい方式である。だから、国に資金がなくても道路をつくるし、借金返済のために料金を徴収する。2004年時点で旧道路関係4公団の借金は、総額約40兆円だった。
 税金はもちろん国民のお金だが、借金とはいったい誰の借金だろう。実は、財政投融資であれ民間金融機関からの借金であれ、元をただせば国民の貯蓄にほかならない。つまり、この借金はわれわれ一人ひとりの肩にのしかかってくる。
 事実、小泉内閣時代には旧道路公団に投入していた利子補給金をやめると決めた。ところが、このときに浮いたお金、例えば2003年からの4年間の1兆5000億円は、旧本州四国連絡橋公団の借金返済に充てられた。結局、借金を税金で返しているわけだ。

3.やはり道路はつくられる
 暫定税率にしろ道路特定財源にしろ、道路をめぐる論議には「必要な道路はつくる」という暫定税率維持派と「無駄な道路はつくらない」という暫定税率廃止派の二つがある。
 全国市町村長のほとんどが維持を求める態度を表明しており、地方六団体も新規道路建設を今後とも促進するように求めている。地方では、公共事業が景気動向を左右するところも多い。暫定税率の廃止に伴って道路工事が減り、雇用の減少が地域の課題となるからだ。建設業における連鎖倒産も危ぶまれているし、高速道路という経済インフラがないと企業誘致や地域医療の面で格差が拡大するという主張も聞かれる。
 一方、暫定税率廃止側の主張はこうだ。まず、物価の値上がりに苦しむ国民のためにガソリン価格を値下げする。そのうえで、残った本則税率分も一般財源化し、地方自治体が裁量できる自主財源とする。これまでのような補助金行政はやめ、自治体が地域住民の意見を聞きながら、道路だけでなく福祉や医療、教育にも使える財源とする。そういう意味で、一般財源化というのは、官僚主導の中央集権から国民・地域主権への大転換である、というのが廃止派の主張だ。
 だが、この二つの主張、普通の国民感覚ならばおかしいと気づく。というのも両者の違いは、何が「必要な道路」で何が「無駄な道路」なのかにあって、どちらも「道路をつくる」という前提に立っている点では同じだからだ。「道路は(これ以上)つくらない」という選択肢は含まれていない。
 そう、日本という国は、これからも「道路をつくる国」なのだ。長野県で起きたダムの建設論議からは有名な「脱ダム宣言」が出てきたが、道路の論議の中に「脱・道路宣言」が現れそうな気配は、今のところうかがえない。

4.「官独占」の構図、その元は「道路法」
 道路をめぐって世間を二分している昨今の論議は、「道路をつくるか、つくらないか」ではなく、「どの道路が必要で、どの道路は無駄か」をクローズアップしている、と書いた。それを認識したうえで、道路の必要・不要を、政・官任せではなく国民一人ひとりが考えていくべきだ、というのが私の主張である。永田町や霞が関に居住する人々が、全国津々浦々のどの道路が必要でどれが無駄かなど、わかるはずはない。
 とはいえ、道路をつくるにあたって、その必要性を住民投票に委ねようという単純な提案をする気はさらさらない。それでは、ポピュリズムに陥ってしまう。
 「必要な道路はつくるし、無駄な道路はつくらない」――こう言うと二者択一でとても簡単なようにも聞こえる。しかし、その判断には精度の高い需要予測、地域への経済や社会的な貢献、専門性に支えられた道路サービス水準の設定、あるいは建設や運営管理の資金の調達など、いくつもの越えなければならない課題が立ちふさがる。
 これまで、道路は「官独占」だった。それを許してきたのが「道路法」という存在である。日本の道路は、東名高速道路のような高規格道路から自宅の軒先の道路に至るまで、この「道路法」が定める「道路管理者」しか関与できない。
 たとえ、住民全員が必要を感じ、お金を出し合って道路をつくることを決めたとしても、それが道路法上の道路として認められることはない。それは、たんに私道となる。国や自治体は知りませんよ、という道路である。


出典:『ケンプラッツ』 2008年6月17日掲載 「道路整備に税金はいらない(1)」
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/const/column/20080616/523220/






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