○ケンプラッツ連載 〜 到来!コンセッション方式(6) 〜
《韓国PFIの挑戦、仁川大橋プロジェクト》
連載第6回は、韓国における国際連携PFIの初の成功事例である仁川(インチョン)大橋プロジェクトについて報告する。コンセッション方式と同類型である独立採算型BTO方式として推進された同プロジェクトは、海外からも高い評価を受けている。
1.工期52カ月で21kmの橋を完成
仁川国際空港とソンド国際都市間を結ぶ総延長21.4kmの仁川大橋は、韓国政府の長期戦略を担う事業である。将来の北東アジア経済貿易と商業活動に有利な国家のポジションを獲得すること、またソウル首都圏と仁川市間のバランスの取れた国内の地域開発を導くことを狙っている。
図6-1 仁川大橋の全景
(写真:Incheon Bridge Photo Gallery http://www.incheonbridge.com/Comm/PhotoBoard/PopupLargeImg.aspx?pcode=TP_ADMIN_GALLERY&num=537から)
仁川国際空港のある永宗島(左)とソンド国際都市(右)を結ぶ仁川大橋の位置図
(資料: Cho, K.W., “Historical Background of the Incheon Bridge Project,” Proceedings of International Commemorative Symposium for the Incheon Bridge, September 2009から)
仁川大橋プロジェクトは、必要不可欠な社会資本として韓国政府の商業的戦略の一端を担う一方、仁川国際空港とソンド国際都市との間の相乗的統合を促進するために、地元の仁川市政府も強力に促進してきた。初期段階から地方政府と中央政府の共同事業として進められてきている。
着工は2005年7月。以来、23万人の建設従事者と4万台以上の重機を投入し、52カ月という驚くべき短期間で2009年10月に竣工した。10月16日の竣工式は韓国建設業界史に残る新たなマイルストーンとなった。主径間800mの斜張橋が、李大統領、国土海洋省(MLTM)大臣、英国大使ら臨席のもと、1000人を超える市民の前でお披露目された。17〜18日の祝賀行事を経て、10月19日深夜に一般車両の供用が開始された。
2.外国企業と仁川市が出資するSPCが事業主体
仁川大橋プロジェクトの総事業費は約2.4兆ウォン(1ウォン=0.07円)だ。公共事業と民間投資事業の2つの部門からなる。総合的なプロジェクトの実施スキームにしたがって、民間投資事業は、英国AMEC、仁川市、および金融機関・投資家らが出資する特別目的会社(SPC)である「仁川大橋コーポレーション(以下、IBC)」が、BTO方式によって推進した。IBCは、斜張橋を含む海上部(延長12.34km、6車線、幅員31.4m、主径間800m)を管轄し、施工はサムスン(三星物産建設部門)、大林産業、大宇建設、GS建設、韓進重工業、ハンファ建設、錦湖建設の7社で構成されるコンソーシアムが請け負った。事業費は約1.5兆ウォン(民間投資資金 約7600億ウォン、政府補助金 約7400億ウォン)。IBCには橋梁の開通後、30年間、道路を運営し、通行料を徴収する権利が付与されている。
一方の公共事業は、韓国道路公社(KEC)が実施主体となった。海上部と本土間の接続部(延長9.04km、6車線から2車線への遷移区間)を管轄し、コーロン建設、大林産業、現代建設、SK建設、斗山建設など16社が共同参画した。事業費は約8600億ウォンである。
表6-1 仁川大橋プロジェクト民間投資事業の概要
3.事業の途中で英国AMECがカナダAGRAを買収
仁川大橋プロジェクトにとって極めて重要な転換点は、韓国とカナダの政府間で署名された投資条件(TOI)だった。1999年7月、金大中大統領がカナダを訪問した際、カナダのカウンターパートとの一連の会合を主導し、両国間の互恵的な経済協力の促進に理解を得た。カナダ最大手の設計・建設会社の一つ、AGRA Developmentは仁川大橋への事業投資に関心を示し、事業に乗り出した。
1999年9月、当時の建設交通大臣とAGRAのCEOであるウイリアム・ピアソンが仁川大橋プロジェクトの投資と協力のための同意書に署名した。同意書には、AGRAによる初期見積もりの事業費1兆2000億ウォンと建設交通大臣による行政協力の内容が記載されていた。同年12月には、10億ウォンで官民JVの仁川大橋株式会社(当初の出資比率:AGRA51%、仁川市49%)が設立された。
ところが2000年4月、英国の建設エンジニアリング会社AMECがAGRAを買収した。プロポーザルチームは交代。AMECの副社長ブライアン・ベンツが新チームの責任者になり、同社のマーケティング責任者のスー・ホン・キムがプロポーザル提案書の作成作業を担当した。準備チームは、「資金調達」「産業・法律」「プロポーザル提案」「建設」の4つの部門に分かれた。
民間投資のプロジェクト提案は、民間投資評価委員会と韓国民間インフラ投資支援センター(PICKO)の提言を踏まえて調整された後、関係機関に提出された。関係機関には、建設交通省(MOCT)、企画財務省(MOPB)、戦略金融省(MOSF)、海洋水産省(MOMF)、およびPICKOが含まれる。IBCは 2001年7月、事業者(コンセッショネア)に任命された。2001年は、韓国が総額195億ドルの借入金を国際通貨基金(IMF)に完済した年だ。当然のことながら、一般市民は国内資本の積極的な活用を望み、IBCにとっての資金調達環境はより有利になった。
2003年6月13日、IBCは国土海洋省と事業実施契約を締結し、正式に仁川大橋プロジェクトの事業者になった。国土海洋省からIBCに課された条件は、資本増強と新しい投資家の確保だった。ちょうどこの頃、韓国では “反外資”のムードが広がっていた。引き金は、いわゆる“ローンスター”スキャンダルだった。外国人投資家が短期収益志向に走り、韓国国内の金融市場が大きく傷ついた。このような事件は、韓国政府が国際通貨基金(IMF)の管理の下で外資を促した軽率な行為の結果とも言える。一般市民は、国内資本の建設的な循環と、外資への依存軽減の必要性を深く認識することになった。
韓国政府はこの後、敵対的な外資に対する防御体制を考案し、仁川大橋プロジェクトにとって最適な財務基盤を構築した。資金スキームでは高利回りの外資を拒否し、国内資金を調達するために有利な利率を促した。結果として、通行料金を2000年時点で8000ウォンにまで低減できる財務基盤が形成された。もし政府が当初の収益率(17.2%以上)を維持していたら、敵対的な外資の参入と政府の財政負担は不可避だっただろう。実際には、実施合意書の中で収益率は8.48%に設定され、計画交通量(2010年で3万5000台/日、20年で6万1000台/日)に対して、現在、小型車の通行料金は5500ウォン(民間投資事業区間が5200ウォン、公共事業区間が300ウォン)に設定されている。
通行料金は消費者物価指数に連動して毎年、値上げすることが認められている。一方で、通行料金収入が計画値の80%を下回った場合は、政府がその差額を補填する最低収入保証が設けられている。逆に、通行料金収入が計画値の120%を上回った場合は、その差額を政府に返還することになっている(ただし、2006年以降のプロジェクトに対しては、政府による最低保証制度は廃止されている)。
下図は、民間投資事業全体の契約構成を示す。
図6-2 民間投資事業の契約構成
4.実施契約を2段階に分割し、大規模プロジェクトのリスクを最小化
仁川大橋プロジェクトでは、概念・基本設計、資本保証、請負者選定に約190億ウォンを費やした。ただし、一般的にこの類の事業スキームでプロポーザル提案者が事業者になれないと、初期投資を回収する方策がなくなってしまう。それが、大規模プロジェクトにおいて民間企業が参加を躊躇する際の主な理由となっている。
韓国政府はそうしたリスクを理解し、民間セクターの参加促進のために基本設計を事前に完了させることを承認し、リスクを最小化した。IBCはこれに基づいて実施契約を2段階に分割した。第一段階で政府は、基本設計、資金保証、および請負業者の選定の面で政府と緊密に連携を取るという条件の下、IBCにプロジェクトの事業運営者として一時的な権限を与えた。第二段階は、契約変更と第一段階の補完という位置付けとし、政府とIBCは、事業を実施合意書の予算の範囲内で収めることを確認した。これは、総事業費に占める政府負担を最小化することにもつながった。
5.事業者と工事請負業者を分離
仁川大橋プロジェクトは、韓国の民間出資のPFIプロジェクトでは初めて競争入札が導入された。総事業費と事業者が事前に決められ、工事請負者は事業者の権限のもと、自由競争入札によって選ばれた。重要な点は、プロジェクトの総事業費が公開入札時の見積もり費用を下回ることと、韓国で初めてとなる品質保証(75年の設計寿命)の負わせたことであった。随意契約だったそれまでの韓国の他のPFIプロジェクトと比較すると、違いは歴然としている。
また、当初から事業者と工事請負業者を分離した。下記に示すような潜在的な欠陥を取り除くためだ。
韓国では、事業者は工事請負業者と同等と考えるのが一般的である。請負業者にとっても、事業者にとっても、初期投資に対する許容リターンを規定する随意契約と、それを保証する民間投資法が拠り所となる。事業者と工事請負業者が同一の場合、工事請負業者は建設費を上積みし、事業費を増大させようとする。政府補助金を使ったプロジェクトで、こうしたことが行われてはまずいと考えられた。
さらに、元請業者(事業者)がプロジェクト完了後にその株式を売却するのは、韓国のPFIプロジェクトの最大の欠点である。投資に対するリターンを確保することを優先するあまり、元請業者は、将来の維持管理の義務を放棄し、その結果、サービスの品質や施設の公益性を損なうことにつながる。
6.「チェックとバランスのメカニズム」と「適切な価格帯」を設定
仁川大橋プロジェクトの入札価格は、韓国商工委員会で検討された。しかし、ターンキープロジェクトの過去の例と異なって、民間コンソーシアムの入札額は、その時点におけるターンキープロジェクトの価格をもとに評価され、事前に設けられた「適切な価格帯」を下回る入札額は排除された。さらに、委員会の各委員は、価格と技術に関する評価に際して、補足資料付きの詳細書類を商工委員会の内部事務局に提出することを求められた。
この「チェックとバランスのメカニズム」は、仁川大橋プロジェクトが韓国内の他のPFIプロジェクトと一線を画す中核的な牽引装置であった。「チェックとバランスのメカニズム」に加えて、実践的な「適切な価格帯」を設けることで、リアルタイムのPFI契約額(正当な評価額)も求めた。これが、現実的な価格保証になり、民間コンソーシアムに本プロジェクトへの入札参加を促すことにつながった。
7.事業スキームは世界的な評価を受けるも採算は苦しい
仁川大橋は、韓国の建設業界だけでなく、全世界の他のプロジェクトにも適用可能な新しいエンジニアリング手法を生み出した注目すべき刺激的プロジェクトとして、UK Construction News(2005年12月8日付)の「Ten Wonders in The Construction World 」に選出された。英国の代表的ファイナンス専門誌「Euro Money」は、民間投資部門の仁川大橋プロジェクトを、革新と卓越を生み出した最も注目に値するプロジェクトとして、「The Best Deal of The Year 2005 」に選出した。また、同誌は特別編集版で「The Best Project Financing in Asia-Pacific Transport Infrastructure 2005」にも選んだ。
一方、米国Engineering News Record (ENR)は、IBCのCEOを「The Top 25 Newsmaker of the Year 2007」に選出。同プロジェクトは2007年5月号で特集も組まれた。記事は、IBCのCEOが韓国において極めて革新的で透明性の高いビジネスモデルを確立した結果、同プロジェクトはPPP手法を変えることになるだろうと結論付けた。
事業スキームとして高い評価を得たものの、民間投資事業は現在、苦戦を強いられている。2010年の収入は1億2213万ウォン/日、交通量は2万5549台/日と、計画値の72%にとどまっており、利益は出ていない。国および周辺地域の経済発展とともに、本事業が今後、どのように成長していくか、注視していく必要がある。
<参考文献>
・Cho, Kyung-Won, “Historical Background of the Incheon Bridge Project,” 2009
・Roh, D.S., Jang Bong-Soo, “Project Financing for BTO Section of the Incheon Bridge Project,” 2009
・Ryu, Chul-Ho, “Incheon Bridge, Special Edition,” Gyeonggi-do, Korea, 2009
・Yeoward, Andrew J., “The Role of the Contractor’s Cheking Engineer,” 2009
・Shin Hyun-Yangほか、「仁川大橋建設プロジェクトの特徴」、橋梁と基礎vol.44-1(2010年)
・芦田義則ほか、「韓国のPPP調査報告」、JICE REPORT vol.18/10.12、国土技術研究センター
・仁川大橋ホームページ “http://www.incheonbridge.com/EngDefault.aspx”
出典:『ケンプラッツ』 2011年8月10日掲載 「到来!コンセッション方式(6)」
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/building/news/20110808/549789/
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