○ケンプラッツ・連載 〜 道路整備に税金は要らない(8) 〜
《国民が投資する道路事業とは》
特別会計改革、歳入・歳出一体改革、資産・債務改革など、財政システムをめぐる改革の議論が盛んだ。その中で、インフラ整備に対する新たなPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ、官民連携)である「民間化」の手法として、インフラファンドが注目されている。
インフラファンドとは、地方債による借金や国からの補助金に頼ってきた地方のインフラ整備を地方財政から切り離し、税金も使わず借金もせず、民間のお金でインフラ整備を実現する手法である(図8−1参照)。
図8-1 地方財政とインフラファンドの関係
1.国交省も自民党もインフラ整備の資金源づくりへ
この連載の第2回でも触れたように、すでに国交省はインフラ整備に民間資金を呼び込む仕組みや手法の構築に向け、有識者による懇談会を開始した。「実務的な視点から、民間資金のインフラへの投資に関して思い切った提言をいただくことを期待」している。
さらに、自民党の国家戦略本部の専門プロジェクトチームは、2009年度をめどに、国が設立したSPC(特別目的会社)を通じて民間資金を集め、公共性の高い事業に重点投資する制度を新設する。SPCが公共事業の実施主体になれるよう法の整備や改正を行うほか、証券化のデット(負債)部分に公的保証を行うことなどについて論議していく。
国土交通省も自民党も、財政難の中でインフラ整備を進める資金源づくりが目的だ。
2.“市場の目”がムダを厳しく監視
専門的な解説はさておき、「ファンド」とは平たく言うと国民から集まったお金のこと。年金や生命保険のように機関投資家が扱うものもあれば、個人投資家が手がけるものもある。だが、その元手が国民一人ひとりの貯蓄であることに変わりはない。「ファンド=国民のお金」だ。
ファンドの投資対象をインフラ資産に絞るものを、特に「インフラファンド」と呼ぶ。言い換えると、インフラファンドとは国民から集めたお金を国に代わってインフラ整備に投資するものだ。それは、国民から距離が遠い政府という「ガバメント」に任せず、国民により近い目線のファンドを通じて国民が「ガバナンス」(統治)を働かせる、ということでもある。すなわち、インフラファンドであれば“市場の目”が利くので、ムダに対する監視が厳しい。
お金の使い方は、お金を小さな循環で回すほど透明性が高くなる。税金や財政投融資のような大きな循環では国民のガバナンスは働きにくかった。だが、インフラファンドのような近くて小さな循環であれば、国民も高いガバナンスを発揮することが期待できる。つまり、私が主張する「受益と負担の最適性」を高める効率の良い資金調達が実現する。少なくとも、天下り法人に大量の委託業務が発注されたり、道路特定財源でカラオケセットやマッサージチェアを買ったりすることはできなくなる。
3.道路投資法人がまずはSPCを設立
不動産投資信託(REIT)の市場に上場している不動産投資法人は2008年7月末時点で42社。その時価総額は、約3兆8500億円にもなる。REITは完全に市民権を得たといえよう。REIT同様、インフラファンドの市場が市民権を得る日が来るのも近い。
現に、野村資本市場研究所の資料によれば、世界のインフラファンドのうち、2006年1月末時点の上場インフラファンドは25本で284億ドル(約3兆円)、非上場インフラファンドは40〜50本で200億ドル以上(約2兆1000億円)に上るという。
以下では、現行の不動産投資信託に当たるものを「インフラ投資信託」、不動産投資法人に相当するものを「インフラ投資法人」、中でも道路に関するものを「道路投資法人」とそれぞれ仮称し、道路投資法人による道路整備の手法を展開する。
まずは道路投資法人が、特定有料道路のためのSPCを設立して出資する。次いで、SPCは自治体と「地上権」や「定期借地権」などを設定し、新設や既設の道路の実質的事業権を譲り受ける。「実質的な」と書かざるを得ないのは、日本にはまだコンセッション(*1)法がなく、コンセッション契約が結べないからだ。
*1 コンセッション:特許や免許、利権などの意味。例えばコンセッション・マネーは権利金、コンセッション・オブ・ビジネスは営業免許。民間の事業者は、道路の運営を引き受ける代わりに各種の利権や便宜を得る。
SPCは、スポンサーなどによる株式出資のほか、譲り受けた事業権を担保に証券を発行し、投資家から資金を集める。前者をエクイティ(投資家からの出資金)といい、後者をデット(負債)と呼ぶ。通常、デットには優先債とメザニン債、劣後債(*2)の3種類を用意する。安全志向やハイリスク志向など、投資家の目的に合わせるためだ。
*2 優先債、メザニン債、劣後債:不動産などを証券化する場合、利益の配分に優先度を設定し、リスクとリターンが異なる複数の商品として販売することがある。このリスクの小さい順に優先債、メザニン債、劣後債という。
そうして集めたお金で、SPCは有料道路を建設または購入し、民間の事業主体者と道路の運営や管理に関する賃貸借契約を結ぶ。現行の法律では、投資法人自らが経営や管理を行うことができないからである。諸外国の事例では、SPCへの出資者が事業主体者になる場合が多い。
投資家に対しては、SPCが事業主体者から得る賃料収入によって配当や利払いを行う。以上が道路投資法人によるビジネスの枠組み(図8−2参照)である。
図8-2 道路投資法人による道路整備の手法
4.収益とともに「社会指標」も必要に
このように、道路投資法人も不動産投資法人も基本的なビジネスの枠組みは変わらない。ただ、道路投資法人は収益という「経済指標」とともに、環境や住民への影響や利用者に対する公益性といった「社会指標」をも併せ持たなければならない。なぜなら、たとえ民間資金による民間事業とはいえ、提供するサービスは公共サービスだからだ。
これを「ダブル・ボトムライン」といい、「私的な収益性は低いが、社会的には非常に望ましい」投資機会を事業化に結び付ける「社会投資ファンド」として、提言する向きもある(西村清彦著、「日本経済 見えざる構造転換」、2004年、日本経済新聞社)。
同書によれば、社会投資ファンドは「普通の国民が、公のお仕着せではなく、自ら意図して地域の環境改善のプロジェクトやその他自ら社会的に重要と思うプロジェクトに投資する」ものであり、「志のある投資」だとしている。
この点、冒頭に示した自民党の新制度は、社会投資ファンドを制度化しようとしたものとも言える。さらに、この連載の第3回で触れた国土交通省の中期計画に記されている「新たな公」や「志ある投資」は、社会投資ファンドの考え方を反映したものと言ってもよいだろう。
5.社会性の高い“真空地帯”がマーケット
以上の考え方を基に、インフラファンドの市場形成力と社会投資ファンドの“志”とが相乗効果を発揮できれば、「インフラ投資法人」が何本も上場する「インフラ投資信託」という新たな社会ビジネスが可能となる。
「市場の失敗」と「政府の失敗」とのはざまに生じた社会性の高い“真空地帯”をマーケットとし、インフラ投資法人を通じて国民が資金を提供できるならば、国民は自らが必要・快適と感じるインフラを選択するのではないか。
そうして選択されるインフラの一つが「必要な道路づくり」だったとしても、なんら不思議ではない。それは、国民がガバナンスを発揮した結果なのだから・・・・。これが、私の主張する「国民が投資する道路事業」という意味だ。
国の借金は、2010年には1千兆円を超えるともいわれている。「国家とは国民のミニマム・スタンダードをしっかり守る責任があるが、それ以上の(マーケットに任せることができる)部分からは手を引くべき」(中谷厳著、「プロになるための経済学的思考法」、2005年 日本経済新聞社)時代が目の前にきている。
自治体も「国頼り」に後戻りはできない。
出典:『ケンプラッツ』 2008年8月5日掲載 「道路整備に税金はいらない(8)」
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/const/column/20080801/524854/
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