時代の風




○ケンプラッツ・連載 〜 道路整備に税金は要らない(10) 〜

《日本の道路事業に高まる投資意欲》
 資金調達の非効率を改善するために、税金や借金に頼らないインフラ整備、つまり民間資金の導入の必要性を再三、述べてきた。既存のインフラはこれから急速に老朽化し、LCC型AM(*1)(ライフサイクルコスト型のアセットマネジメント)などによるコスト節減策だけでは限界があるからだ。地方財政は疲弊しており、新たな借金を野放図にすることは許されない。
*1 LCC型AM:LCC(ライフサイクルコスト)の算定を軸に、保全費用の最小化や毎年の維持管理費の平準化を主な目的としたアセットマネジメント。連載の第5回や第9回を参照。

1.年金基金をインフラ事業へ
 日本のインフラに民間資金の導入が期待される理由は、そればかりではない。日本のインフラ事業に対する機関投資家の投資意欲が高まってきたことである。諸外国の経緯を見るならば、年金基金がインフラ投資の市場の拡大に影響を与えることは、日本においても十分に考えられる。
 「ファンドが変えるインフラ民営化のあり方」(瀧俊雄、「財界観測」2007年春号、野村証券)を基に、日本の年金基金がインフラ事業への投資に向かうのではないかと思える代表的な動きを3点、挙げてみる。
 一つ目は、退職金給付会計制度における運用の差異に向けた検討である。すでに、松下電器企業年金基金のように年金債務を意識した運用を検討し始めた例が出ている。
 二つ目は、企業年金の間でオルタナティブ投資(*2)への取り組みが増えつつあることだ。オルタナティブ投資の選択肢の一つとして、インフラ事業への投資が検討される可能性は高い。
*2 オルタナティブ投資:株式や債券といった従来の投資対象とは異なるものに投資すること。例えば不動産や未公開株への投資。代替投資ともいう。
 三つ目は、国内の年金資産残高の65%を占める公的年金の運用の見直しである。厚生年金や国民年金は、基本的には内外の株式や債券で運用しているが、今後は預託金の償還によって50兆円を超える追加的な運用を担うことになる。インフラ事業への投資は、その振り向け先として十分、検討に値する。

2.譲渡がふさわしいインフラ資産を官民で検討
 日本でインフラ事業のエクイティ投資を専門的に行っているのは、いまはオーストラリアの投資銀行であるマッコーリー銀行だけと言える。マッコーリー銀行は2004年、日本政策投資銀行と共同で出資した会社によって箱根ターンパイクを買収し、続いて2006年3月には日本技術開発と共同で設立した日本自動車道(株)を通じて伊吹山ドライブウェイを取得した。
 さらに、2006年7月には新生銀行との合弁で「新生マッコーリーアドバイザリー株式会社」というインフラ事業の買収と運営に向けた会社を設立している。上記2件の道路事業の規模は十数億円と小さく、旧所有者は民間企業だった。道路資産も道路運送法上の道路だ。
 マッコーリー銀行以外でも、国内外の投資銀行や証券会社、商社などが“アレンジャー”となって、インフラファンドを設立する可能性は大いにある。
 なかでも、自治体のインフラ資産を売却する場合、当初は自治体に財務面でアドバイスしながら、譲渡がふさわしいインフラ資産を見つけ出すという官民協働は大切だ。この点で、2007年2月15日に青森県が伊藤忠商事と締結した「公共インフラ分野における連携と協力に関する協定」は注目に値する。


3.建設会社や建設コンサルタントにも実績が
 インフラファンドの担い手は、金融機関だけとは限らない。民間事業者によるインフラの建設や運営の例として、すでにPFI(民間資金を活用した社会資本整備)の事業者が多くの実績を有する。
 その実態は社会インフラ(*3)に限定され、いまだ経済インフラ(*3)のPFIは皆無だが、PFI事業で培われた専門的なノウハウは今後、経済インフラの事業を拡大していくうえでも活用できる。専門的な経営ノウハウを持った“プレーヤー”として、建設会社や製造業、あるいは建設コンサルタントなどがスポンサーや事業主体となることは十分、現実的である。
*3 社会インフラと経済インフラ:一般にインフラは、交通や通信などの経済インフラと学校や病院などの社会インフラとに分類できる。このうち、投資対象としやすいのが経済インフラ。連載の第2回を参照。

 直近の事例を二つ紹介する。一つは、2007年9月28日にNIPPOコーポレーションが藤田観光から買収した芦ノ湖スカイラインだ。NIPPOコーポレーションが匿名出資組合としてエクイティ出資し、日本政策投資銀行がプロジェクトファイナンスとして融資している。買収金額は公表されていないが、10億円程度と報道されている。
 もう一つは、建設コンサルタントの持ち株会社であるE・Jホールディングス(株)が2008年1月15日に日本インフラマネジメント(株)の設立を発表したこと。この日本インフラマネジメントは、先に述べた箱根ターンパイクの技術アドバイザー業務を前身である日本技術開発から引き継ぎ、今後はインフラの運営や維持管理を専門的業務として取り組む。
 ほかにも、民間資金によるインフラの整備や運営を検討している自治体や地元企業、大学、専門家の勉強会がいくつかの地域で散見される。
 例えば、神奈川県は2004年3月に「神奈川県における資産の流動化について」という研究成果を発表している。北海道は「北海道の社会資本整備における新たな民間資金導入に向けて」という報告書を著している。
 私のところにも、都道府県や政令指定都市からの相談が一つ二つならず投げかけられている。そういう自治体とは意見交換会を行ったり、具体的なスキームを提言したりして協働している。いずれも顕在化するには時間がかかるかもしれないが、自治体におけるこうした潜在的な需要は近い将来、道路資産の流動化を促す可能性が高い。

4.民間に必要な運営や管理のノウハウ
 以上のように、日本においても道路を流動化し、インフラファンドを設立する環境や機運は高まりつつある。無論、こうしたファンドが実際に道路事業への投資を開始し、道路を運営・管理するためには、制度や法整備の規制緩和や改正など課題は多い。
 例えば、「行政財産」と「普通財産」とを区分している公有財産制度の改正だ。現行の制度では、行政財産は「地方公共団体において公用もしくは公共用に供し、または供すると決定した財産」と定められており、その処分や運用は厳しく制限されている。
 一方、普通財産は行政財産以外の公有財産のことであり、貸し付けや売り払い、私権設定が可能だ。これを弾力的に活用するためには、行政財産と普通財産の二分論を見直し、厳格に規制すべき狭義の行政財産と、多様な利用が可能な「中間的な位置付けの行政財産」とに区分を改めるなどの改正が必要である。
 民営化にかかわる法整備の問題もある。その代表が道路法の体系だ。日本の道路は、すべて「道路法」によって律せられており、その基本的思想は「道路の無償提供原則」。この原則は、道路に対する「官独占」を生み出す構造である。実際、道路法によって規定されている「道路管理者」は国と自治体だけだ。
 つまり、道路の運営や管理にかかわる事業法が制定されない限り、道路法上の道路を民間が運営・管理する方法は目下のところあり得ない。したがって、「官が直接、運営・管理する領域」、「官民の中間のパートナーシップ型で運営・管理する領域」、「民間が直接、運営・管理する領域」の三つの形態を基本とする法体系を再構築するなどの対応が必要である。
 同時に、民間側では「公の施設」を運営・管理できる能力を有する事業者を育成することが急務となる。インフラの供給はこれまで国や自治体が一手に担ってきた。その整備や運営、管理のノウハウは官側に蓄積されている。自治体から見れば、民間のノウハウ不足や経営破たんに対する不安は強い。
 自治体は、民間事業者の経営状況とともに、人材や契約技術までも含めた査定能力を醸成する必要がある。一方、民間は海外の先例から学習し、そしてPFIで培ったノウハウを基本として、人材の育成や責任負担能力の向上を目指さなければならない。


出典:『ケンプラッツ』 2008年8月26日掲載 「道路整備に税金はいらない(10)」
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/const/column/20080819/525365/







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