○ケンプラッツ・連載 〜 道路整備に税金は要らない(11) 〜
《インフラの価値の高め方》
連載の第10回までは、地方自治体が持つ資産の中から有料道路を取り上げ、その流動化の可能性やビジネスの仕組み、克服すべき法制度や課題、さらには流動化がもたらす自治体の財務の改善効果などについて述べてきた。
今回は、自治体が所有するインフラ資産全般について、流動化の対象として魅力を高めるにはどうすればよいかなどを考えてみたい。
1.事業収入を伴わないインフラ資産も流動化
一般に地方自治体が所有するインフラ資産は、河川や道路、鉄道、上下水道などのネットワーク系と、公共建物や官庁施設、空港施設、港湾施設などの拠点系とに大別できる。さらに、インフラ資産には事業収入を伴うものと伴わないものとがある。
表11−1は、インフラ資産をこのような視点で分類したものだ。ただし、すべての資産を網羅しているわけではなく、事業収入の有無についてはざっくりとした理解である。
表11-1 地方自治体のインフラ資産の分類
拠点系の資産の中には用途の転換や拡張、あるいは他業の導入や展開などに柔軟に対応できるものがある。資産が生み出す事業価値を向上でき、改善できるものが多い。
海外の事例ではあるが、ニューヨークのメトロポリタン美術館のように、休日や夜間の時間帯を活用して結婚式場やパーティー会場を営み、事業収入を増やしているものもある。また、イギリスではルートン空港をはじめとする地方空港で、ターミナルビルのテナント戦略を充実させ、多岐にわたるサービスを提供することによって、良好な経営改善を実現している。
一方、ネットワーク系の資産の多くは地域住民のライフラインという性格を帯びており、拠点系の資産に比べると用途転換や他業の展開などには硬直的だ。長期間にわたる安定したサービスの提供が、最優先の課題だからだ。
安定志向の投資家は一般に、成長性よりも長期安定的なリターンを希望する性向が強い。他方、ハイリスク志向の投資家は多少のリスクを背負ってでもハイリターンを求める。
投資家のこのような性向から、収益の拡大や事業の成長を目指して他業への進出が柔軟な拠点系のインフラ資産は、ハイリスク志向の投資家向きと言える。一方、安定志向の投資家にとっては、拠点系のインフラ資産は事業の一貫性や継続性が不安定でリスクが高く、不向きと言わざるを得ない。逆に、長期安定的に運用でき、他業への転換が困難なネットワーク系の資産の方が優れている。
資産の流動化とは資産を担保にしたファイナンスである。したがって、資産運営によってキャッシュフローを生み出すことが流動化を考える出発点になる。だから、流動化する資産は、事業収入を生み出せるものがよい。
事業収入を伴わない資産は対象外かというとそうでもない。イギリスの高速道路M6のように、無料の高速道路の建設から運営・管理までを民間資金で賄い、事業収入の代わりに政府がシャドウトール(Shadow Toll、陰の料金)(*1)によって対価を支払う方法もある。または不動産の流動化の仕組みさながらに、公共建物や官庁施設を民間に譲渡した後、再び公的機関が借り戻し、賃料を支払う「マスターリースバック方式」と呼ぶ方法などもある。
*1 シャドウトール:例えば道路の場合,みなし通行料金を税金で支払うこと。仮想料金ともいう。連載の第5回を参照。
2.自治体の危機意識は高いが・・・・
(株)日本総合研究所が2007年7月26日に「自治体の財政力強化に向けての新たな処方箋〜自治体版CREの提案〜」というアンケート結果を公表している。
自治体における財務と資産マネジメントに関するアンケート調査を実施。民間市場を活用した資金調達や資産マネジメントなどに対する自治体の認識や今後の取り組み状況を明らかにした。調査対象は、47都道府県と人口30万人以上の93都市の合計140自治体。調査期間は2006年1月から3月まで、回収数は102票(回収率72.9%)だった。
以下に、調査結果から読み取れる主なポイントをいくつか挙げてみる。
(1)新たな資金調達や資産活用の必要性をほぼ100%が認識
自治体の間で財政力の格差が拡大すると回答した自治体は、約90%。そして、新たな資金調達手法の導入や保有資産の有効活用が必要であると回答した自治体は、ほぼ100%だった。危機意識はあるようだ。
(2)格付けへの対策は9割近くが「特に立てていない」
資金調達や資産の有効活用を、市場を活用してより積極的に行うには、自治体が市場に対して行政経営の健全さや信用性を説明し、印象付ける必要がある。その割には、民間機関が実施している地方債の格付けに対して、「特に対策は立てていない」と答えた自治体が9割近くを占めている。“本気度”は希薄だ。
(3)対応の優先度が最も高いのは「廃止された施設や低未利用地の荒廃」
自治体が保有する資産の管理について、「対応の優先度が高い」ものとしては、
・「廃止された施設や低未利用地の荒廃」と回答した割合が64.9%
・「施設の老朽化に伴う更新・改修需要の増加」が60.4%
・「既存施設の運営維持管理費用の増加」が54.9%
といった回答が上位を占めた。
さらに資産の管理について「資産の処分または有効活用は解決手段となる」と考えるものとしては、
・「廃止された施設や低未利用地の荒廃」と回答した割合が90.0%
・「市町村合併や機能統合等に伴う余剰施設の発生」が85.7%
・「社会情勢の変化による低稼働率施設の増加」が76.9%
・「施設の老朽化に伴う更新・改修需要の増加」が57.4%
・「既存施設の運営維持管理費用の増加」が54.0%
などが挙がっている。
一方、資産活用にかかわる取り組みをみると、「従来どおり所管部門が個別に管理」や「特段の取り組みをしていない」が7〜8割に上っている。対策への積極性は感じられない。
(4)「法律による規制」が資産活用の障害に
「資産を有効活用していくうえで障害となる点」については、行政財産に関する「法律による規制」が土地・建物とも52%以上となっておりダントツ。次いで「活用の対象となる資産自体の不足」や「活用対象資産の市場価値を判定するのが困難」、「活用対象資産を特定するのが困難」などが挙がっている。
資産の選定や価値判断などは民間のノウハウで解決できる可能性が高い。にもかかわらず、資産活用において民間事業者とパートナーシップを組む場合、問題となるリスクとして
・「民間事業者の経営破たん」と答えたのが61.8%
・「事業者選定方法の公平性・透明性の確保」が47.1%
・「サービスの公共性の確保」が31.4%
など、官民連携を促進する機運は高くない。
3.市場の評価を高めるために
インフラの価値を高めるうえで、自治体にこれから求められる点を記しておく。
・資金調達手法の多様化
これからの自治体にとって、国の信用補完なしに民間からいかに有利な資金調達を行うかが重要な戦略となる。そのためには、資産の流動化を含む多様な資金調達が欠かせない。インフラの価値を高め、民間市場に対して将来にわたる信用力や成長力を自治体自らがアピールしていくことが求められる。
・オフバランス化
今後は民間市場から資金を調達する必要性が増す。だから、自治体のバランスシート(貸借対照表)を良好に保つ対策が大事だ。市場の評価を高め、有利な調達条件を引き出すためである。
それには、民間企業と同じように自治体の負債を圧縮するとともに、不要不急または非効率な保有資産をバランスシートから外す、つまりオフバランス化を積極的に進めるべきだろう。
・PPPによる民間ノウハウの活用
インフラの整備や維持管理、運営を進めていくうえで、官民が協働することを「PPP」という。PPPとはPublic Private Partnership(官民連携)の略であり、欧州や米国などで近年急速に広がりつつある手法である。
先のアンケート調査で、自治体は「活用対象資産の不足」に加え、「活用対象資産の選定や市場価値の判断が困難」といった悩みを抱えていることが浮き彫りになった。逆に、民間はこの部分は得意だ。PPPを推進して大いに民間ノウハウを利用すべきだろう。
出典:『ケンプラッツ』 2008年9月2日掲載 「道路整備に税金はいらない(11)」
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/const/column/20080827/525607/
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